9月20日〜


9月20日
 「エーンヤコラ」「ワッショイワッショイ」
子供達の元気のいい掛け声が沖港中に響きます。今年も母島小中学校の遠泳大会が晴天、ベタ凪の母島沖港にて行われました。午前中に健康診断を済ませた生徒達は、赤や黄色のアウトリガーカヌーに見守られながら、沖へ沖へと進んでいきます。9月とは言っても、まだまだ夏の太陽がギラギラと照りつける母島では、絶好の遠泳日和。青い海で泳ぐ子供達はとっても気持ちが良さそうでした。
皆、最後まで頑張れ頑張れ!!
9月21日
 四本岩、と名付けられたこの岩は、母島の西に位置し、四つの岩がポコポコと海面に飛び出しています。一番大きな一枚岩は真ん中からパカっと割けていて、カヤックなどで中心を通り抜けることが出来ます。
この裂け目にはイソマグロが住んでおり、シーズンには人気のダイビングスポットともなっています。沖港からカヤックでもいける場所なのでスノーケリングも楽しめます。ドルフィンスイムならぬ、イソマグロスイムなんて、貴重な体験が出来るかも・・・。
静沢のサンセットシアターから夕日を眺めると、オレンジの陽光を浴び、黒いシルエットでそびえ立つこの四本岩を眺めることができます。
9月22日
 今日の母島は台風接近の真っ只中。本日到着予定のおがさわら丸も負けじと父島には到着したものの、逃げるように東京湾へと帰っていきました。ははじま丸は17号に負けを認め、運行を中止しました。
本来ならば、おがさわら丸入港日の今日は野菜や乳製品などの物資が母島の商店に一気に並ぶ日。しかしはは丸による供給のない今日からしばらくの間、商店はカラッポ状態となる見込みです。島民もしばらく我慢の日々が続きます。
まだ最接近ではないのに、閉めたばかりの船客待合所の雨戸を強い風がゴトゴトと鳴らしています。
海岸沿いの観光協会事務局、明日以降いつものように「今日の母島」を掲載できるといいのですが・・・。
9月22日
 今朝ようやく暴風域を抜け出した小笠原母島。せっかくの祝日に、窓や戸口を叩く風の音に何度も起こされ、少々寝不足の方もいるのではないでしょうか。波も岩壁を激しく打ちつけ、ゴォーゴォーと低い唸り声をとどろかせます。
そして道にはいろいろなものが散乱しています。祝日だというのに村のトラックは荷台をいっぱいにして走り回っていました。無理やり幹からちぎられた大きな枝や、どこから転がったのかと思われるドラム缶、タマナやココナツの実。島のあちこちにある畑からは、おいしそうな食べごろの島レモンとブンタンがころがり、パパイヤやバナナは根こそぎ倒れているものもありました。
台風の過ぎた日は、村のトラックより早起きをして朝一番で街中を歩き回ってゴミ拾い・・というのもいいかもしれません。思わぬ大収穫が待っているかも。
しかしまだ風が強く吹いている間は、空からの飛行物体にはくれぐれもご注意を!
9月24日
 猛威を振るった台風17号の影響で、ははじま丸はまだ沖港に到着しません。入港は午後五時を過ぎるとのこと。
しかし今日の母島は波は高いものの、真っ青の晴天で少し強めの風が気持ちよくふいています。
船客待合所では、未だ室内に非難中の島唐辛子の苗が、きれいな純白の花をたくさん咲かせました。きっと白い花達も早く外へ出てキラキラの太陽をいっぱいに浴びたいとねがっていることでしょう。明日にはいつもの穏やかな母島が戻って、太陽を全身に浴びられそうです。そして真っ赤で辛くておいしい唐辛子をたくさんつけてもらわねば。
9月25日
 台風17号の影響は、島民の生活にも少なからず影響を与えました。ははじま丸の欠航によって、内地からの物資が父島で足止めを食らってしまったのです。 翌日も海は思うように回復せず、防災無線からは何度もははじま丸の出航延期が流れます。午後2時半、「今日はやはり駄目か」と諦めかけていたとき、出航決定の知らせが入りました。それから3時間、身体を左右に大きく傾けながら、ははじま丸が遣って来ました。集落はにわかに活気付きます。日頃は時間の関係で主婦が主役なのですが、今日ばかりはお父さん達もカゴを片手にスタンバイ。みんな今か今かと待ちながら、あちらこちらで世間話に花を咲かせています。その光景はちょっとした社交場のよう。「来たぞ!」の声に指差す方を見ると、荷物を満載したトラックがこちらに向かって来ます。手際良く並べられる商品たち。次の瞬間、特設売り場は夕市の様相を呈します。如何です?この風景何だか懐かしくありませんか?
9月25日
 水色と白色の船体は小笠原の澄んだ空とそこに浮かぶ雲を思わせます。東京月島埠頭から、月に4回程度やってきて、車や冷凍品、雑貨などの貨物を運んでくれる、島にはなくてはならない縁の下の力持ち、共勝丸です。
その昔、小笠原諸島が立て続けに台風に襲われ、1ヶ月近く物資が全く届かないことがありました。そのとき活躍したのが共勝丸。激しい高波にも負けず母島へ到着、窮地から島民を救ったことがありました。辿り着いた時には、お出迎えの島民達から拍手が沸き起こり、更には共勝丸をたたえる歌も作られたそうです。
そんな英雄・共勝丸、基本は貨物船なのですが、実は、人も乗せることができます。時間はかかるものの、おいしいと評判の食事が2食付きでお値段もリーズナブル。のんびりと旅を楽しむ余裕のある方は是非一度ご乗船を!船に強い方に限ります。
9月27日
 プハーッとビールを飲んだお父さんのように、気持ち良さそうな吐息が聞こえてきました。
以前にもご紹介した事のある、生まれも育ちも母島の子ガメ達。3月にご紹介したときはまだ手のひらサイズだったこの子達も今ではフライパン程はあります。昨年の夏生まれの彼ら、一年でここまで大きくなる、強い生命力に驚きました。
アオウミガメは成熟するまでに20〜30年かかると言われ、体長は80〜90cm、体重は100sにも及びます。一日で80kmの距離を移動できる体は、やはり半端ではありません。
母島生まれのこの子達も一人前になってたくさんの命を、この母なる海へ戻して欲しいものです。
9月28日
 よくわからないかもしれませんが実はオガサワラゼミです。羽根は透きとおっていてツクツクホウシに似ています。いえ、ツクツクボウシの仲間です。小笠原の夏は暑いので秋になると出てきて姿に似合わない声でジージ^−と鳴きます。少し前までは集落でもよく見かけましたが、外来種であるグリーンアノールの食害に合い数が減ってきています。でも母島の北では大合唱が聞こえています。南崎でもきれいな姿が見られます。
 先日の台風で山の木の葉が坊主になってしまったせいか、このところ集落のある元地でも鳴き声が聞こえています。
ウミガメの保護をしているノアのスタッフいわく、セミの声はカメの時期が終了したことを伝えている。そうです。
 こうして四季のない南の島にも秋が来るのです。
9月29日
 内地でもお盆の頃によく見られる、ウスバキトンボ。「精霊トンボ」と呼ばれ、先祖様のお使いといわれたりもします。
卵の期間や成長速度がとても速いのが特徴です。まず九州などに辿り着いた親がたくさんの子を生み、その子達が北を目指して移動、各地の田んぼや水溜りに産卵します。こうして世代を繰り返しながら北上し、とうとう北海道の一番北の端まで辿り着くのです。そうしてやっとのことで辿り着いた北の地ですが、ウスバキトンボ達は寒さに弱く、日本のほとんどの場所では冬を越すことが出来ません。悲しいことに北方から順に死に絶えてしまうのです。
その繰り返しの結果、世界中に住み着くことが出来るようになったと思われます。もしかしたら暖かな気候の小笠原では、幼虫の姿で冬を越しているかもしれませんね。
9月30日
 向こう岸に白い砂浜が黄金色に輝いています。母島で一番手軽な本格スノーケルポイントの、石次郎海岸です。母島の中心である沖港内にあり、前浜から泳いでいくことも出来るので、今日も小学生が皆で遠泳を楽しんでいました。
そんな手軽な立地条件の石次郎海岸ですが、小さな小さな白い砂浜は周りを岩壁に囲まれており、自分だけのプライベートビーチを存分に味わえます。沖港内といっても、開発に汚されていない素晴らしく発展した枝珊瑚やテーブル珊瑚が見られ、まるで船で沖へ出て無人島にでも上陸したような気分。
 ここ母島では本当に手軽に、びっくりするような大自然を満喫することができるのです。