2月1日
 ここ数日、母島は抜けるような青空に恵まれています。気温も高く、緋寒桜も一気に満開になりました。そんな緋寒桜を観賞しようと窓越しに目をやると、5羽ほどの小鳥が花の蜜を吸いに遣ってきていす。よく見ればメジロに交じってメグロもいるではありませんか。慌ててカメラを取りに行き撮ったものが上の写真です。その距離1メートル足らず。網戸を開ける音にも動じることなく、彼らは悠然とカメラの目前で甘い蜜に夢中です。
 これが母島の実態なんですね。世界中で母島にしか生息しない特別天然記念物が日常的に、それも手の届くような距離で観ることができるのです。ある鳥好きのカメラマンが仰っていた言葉を思い出しました。「バードウォッチングができる所は数多くあれど、望遠レンズを持たずにそれが出来る母島は凄い」。なるほどです。
2月2日
 最近では夕方になるとサンセットシアターに車が集まってきます。皆さんの狙いは大海原に沈む夕日を眺めながらのホエールウォッチング。なんとも贅沢な時間の過ごし方です。
 ホエールウォッチングもいよいよトップシーズに入り、毎日沢山の目撃情報を頂いています。この時期に来島される殆どの方は、ははじま丸での無料の?ホエールウォッチングに興奮冷めやらぬ表情でタラップを降りてこられます。
 そこで、こうなったら一人でも多くの方に同じ興奮を味わっていただこうと思い作ってしまいました。その名も「ホエールライナーで行く母島」。詳しくは小笠原ツアーデスク(Tel:03-5776-2422)までお問合せを。
2月3日
 今日は節分の日。月ヶ岡神社では毎年恒例の豆まきが行われました。神主さんからお払いを受けたあと、年男と年女が枡に入った豆を元気よく蒔きます。続いてお菓子も・・・。
 豆まきが終って間もなく、小学生の女の子たち数人がそれぞれ手に大きなビニール袋を下げて船客待合所にやってきました。「それじゃぁ 平等に分けっこしようか」
 彼女たちは未だバーゲンセールなど経験したことないはずなのに、その姿はバーゲン会場の片隅で戦利品を分け合う方々の姿そのもの。なんともたくましいことです。
 残念ながら、平等の輪に入れていただくことは出来ませんでした。当然といえば当然なのですが・・・。(写真提供:稲井様)
2月4日
 第二十八共勝丸(貨物船、不定期)が入港しました。共勝丸は内地と小笠原を大体ひと月に3往復してます。今日は朝から共勝丸の入港時間を聞きに来られる方が結構いて、みんな船を心待ちにしてる事を実感します。今日降ろされた一番の大物は電柱。普段道路に立っているのを見てもかなり高い(長い)のですが地面に埋まっているのも含めるとかなりの長さです。又、母島では生ゴミは母島リレーセンターで堆肥化するのですが、それ以外のゴミはこの共勝丸で父島に運び処理しています。共勝丸のもう一つ大事な仕事です。ちなみにこのコンテナの側面の絵は小笠原の子供たちが描いた絵です。小笠原らしいイルカや花のかわいい絵が描かれてます。
2月5日
 
草に覆われた砲台です。東港探照灯下砲台の一つです。ここには全部で3門の砲台がありそれらをぐるっと一周できるようにしてあります。戦跡に興味がない人にもガジュマルを潜り抜けメグロのさえずりと聞きながらのジャングルの散策路は楽しいでしょう。
 しかし、今はのどかな亜熱帯の母島ですが歴史の一つに太平洋戦争があります。強制疎開による空白の23年。豊かだった村は消失し、伝えていくべき文化も中断しました。そして命も。その歴史を風化させてはならないとの思いから母島観光協会では、現存している戦跡の1部を皆さんに見ていただけるよう整備しています。昔にタイムスリップして平和についてちょっと考えてみませんか。
2月6日
 「ゲートボール」と聞くと大抵の方は高齢者のスポーツという印象を持たれるでしょう。しかし、ここ母島では小学生からお年寄りまで年齢層に関係なく人気のあるスポーツなのです。
 昨日、母島カップと支庁のゲートボール大会が合同で行われました。参加チーム数は20。各チーム5名以上の構成なので、選手だけで100名以上の大会です。450名に満たない島人口を考えると、いかに多くの島民がゲートボールを楽しんでいるかが分かりますね。
 中には小学生の姿もあります。幼い頃から英才教育?を受けた子供たちは大人顔負けの大活躍ぶり。これは、将来、ゲートボールが国際種目にでもなったら有望です。
2月7日
 これは小剣先山にある2連装機関銃跡です。戦跡を撮るのであればもっと良い角度があったのですが、何故かこの角度にこだわってしまいました。
 たまたま伸びた先がハンドルの中だった不運な樹木は、そんな境遇をもろともせずに大空に向かって枝を張り巡らせています。それどころか、直径3cmはあろうかという鉄棒で出来たハンドルをこころなしか変形させているようにも見えます。何たる生命力!
 ちなみに、この戦跡の近くには探照灯や射撃用電波探信儀の指示機台跡などもあります。電波探信儀とは今で言うレーダーのことですが、アルミ製の指示機台は何と今でも歯車が動く程の保存状態。ほぼ完全な形で残る戦跡を目の前にするとなんだかタイムスリップしたような気分になります。
2月8日
 沖港に入って来たはは丸の様子が少しいつもと違っています。操舵室の前にもう一つ操舵室が・・・。よくよく見るとそれは作業用のトラックでした。
 共勝丸は車を格納庫に入れて運搬してきますが、はは丸の場合は格納庫のフタの上が車の指定席。船の操舵室より前に位置するその場所には視界を遮るものなどありません。
 航海中、あのトラックの運転席に乗っていることが出来たなら、どんなにか楽しいホエールウォッチングになるでしょう。波しぶきが掛かっても濡れることは無いし、視界が悪くなればワイパーが活躍します。カーステレオで好きなBGMでも聞きながらの2時間の旅は快適そのもの。勿論、実際には安全面から実現不可能な話なのですが・・・。
 今日も数多くのクジラ目撃情報がはは丸乗船客から寄せられました。
2月9日
 夕方、事務所内で仕事をしていると「虹が出てるよ」との声。急いで外に出てみると、外は何時の間にか小雨模様になっています。見上げれば、大剣先山と小剣先山を包み込むように綺麗な虹が出ていました。残念ながら広角レンズではなかったので写真では虹の右半分が切れてしまっていますが、実際には綺麗な半円を描いていました。
 よくよく考えると、内地に居る頃は何時もビルの谷間から申し訳なさそうに姿を見せる虹しか観ていなかった気がします。そんな虹でもカメラを向けてシャッターを切っていたあの頃が何とも懐かしく感じられる一瞬でした。
 虹は直ぐにその姿を消し、間もなく西に傾いた太陽から木漏れ日がさし始めました。
2月1日〜