8月1日〜
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8月1日 夜、脇浜を歩いていると、小さな小さな産まれたばかりの稚ガメが砂浜を懸命に這っている姿に出会いました。早く生まれた子供達はもう、卵から脱出して広い世界へ旅立ちを始めたようです。しかし、母ガメたちもまだたくさんの子孫を残そうと、産卵の為に上がって来ています。 脇浜の産卵保護施設では今日、親亀たちへのタグ付けが行われました。タグは個体識別の為のものでそのタグによって小笠原で産卵したカメが本島へ上陸したり、定置網にかかってしまったりといった、情報が解る様になります。 カメについてもっと知りたい方、まだまだ母島はカメの季節です!! |
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8月2日 |
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8月3日 ホワイトチップ、その名の通り、背びれの先が白く染まっているのがわかるでしょうか。 この比較的大きめの個体は、何故かしつこいほどにウミガメの保護施設の入口の前を行ったり来たりしています。ウミガメの子供でも狙っているのでしょうか?そんな心配が頭をよぎります。 いつもはおとなしく、日のあるうちは珊瑚の下などに隠れているネムリブカ。しかし昼間にこうして、何かを狙っているような姿を見ると、やはり鮫の仲間、迫力があります。 数分前に自分が泳いでいた、まさにその場所とあっては、なおさらその迫力は増す様でした。 |
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8月4日 モモタマナの葉陰にかくれてフワフワリ。アオリイカです。今日は脇浜まで少しうねりが入ってきていました。その波のうねりに身を任せるように、まだ小指ほどのものから、このタマナの葉ほどの大きさのものまで、一緒になって海草や落ち葉になりきっていました。クルクルと体色を変化させ、とてもきれい。 アオリ釣の時期まではまだ時間がたっぷりあるのでそれまでにはたくさん食べて、大きくなーれ。と、少々残酷な思いを込めて見守っていました。 |
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8月5日 小型の鳥たちにとって、人間の建造物はちょっとした迷路のようです。観光協会のある船客待合所はガラス張りの箇所も多く、しばしば鳥達が迷い込んできます。一度迷い込むと、出ようと思ってもなかなか上手く抜け出すことができません。ガラスに体当たりして脳震盪を起こし、口をあんぐり開けた間の抜けた顔をよく見せてくれます。 今日の迷路挑戦者はメジロ。まだ子供のようです。もうかれこれ4〜5時間の所要時間。体力の限界が来る前に抜け出してくれれば良いのですが・・・。窓の大きく開いている、脱出しやすい場所に良く熟れたパパイヤとお水を設置してみました。上手に抜け出して、外の大きな空へ飛んで行ってね。 |
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8月6日 昨日、今日と母島は最高の晴天に恵まれたにもかかわらず、波が高い状態が続いています。台風9号からの高いうねりがはるか南の母島まで届いてきているようです。 「釣りをしていて波にさらわれそうになった」 「御幸之浜の波が高く、貨幣石を見られなかった」 とは、お客様方の今日の感想です。 逆に、山には良い風が吹き、雲が切れ、それはそれは素晴らしい見晴らしだったそうです。 海がダメなら山がある。自然の耐えない母島です。 |
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8月7日 今日の母島コーナーに初めての人間登場です。いつも鳥や魚、稙物、風景ですが可愛いお嬢さんに登場してもらいました。岡部由莉子さんとおっしゃる大学4年生で、卒論のために小笠原に訪れています。テーマは「小笠原の観光」で、産業としての観光を調べているそうです。聞き取りに来たところをパチリ。父島と母島の雰囲気の違いに驚いています。また、小笠原の農産物の70%が母島産であることにもビックリしたそうです。母島の印象は?との問いかけに「静かなところと不便に感じるけど何も無いのがいいです。」と答えてくれました。でも午後から商店全てがお休みだなんて。アイスクリームが食べた〜い。とも・・・・・ |
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8月8日 メジロの子供達が観光協会の裏にあるパパイヤに群がっています。まだ羽毛がホワホワとついている可愛い姿に思わず微笑んでしまいます。世間を知らないこの子達の中には船客待合所のガラスにぶつかり脳震盪を起こすものもいます。口をポカーンとあけてうつろ状態です。この子はガジュマルの枝に止めてあげました、時間の経過と共にくちばしも閉じてそのうちに元気に飛んでいきました。脳震盪でよかったのですが中にはぶつかった衝撃で命を落とす子もいます。 早速ノスリのイラストのバードセーバーをガラスに張りました。もうぶつからないで欲しいものです。 |
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8月9日 沖港からまっすぐ上に向かって伸びる北進線は、北港、東港へと続いています。その道のりの途中にはいくつかの見所があります。この立派な砲台はその内の一つ、探照灯下に2門が残存しています。ジャングルの木漏れ日の中で、メグロやヒヨドリ、オガサワラトカゲなどに囲まれ、静かに立ち続けている姿は平和そのもの。楽園のようにも見えます。しかし、ほぼ原型をとどめたまま、しっかりと外海に狙いを定める砲身は、2万5千人近くの戦死者を出した小笠原諸島の凄惨な戦史を、身体が錆びて朽ちるまで語り継いでいくことでしょう |